四川省には泡菜(パオツァイ)という乳酸発酵の漬け物があります。泡菜は塩水に入れてそのまま置くだけの浮かし漬けで、発酵して泡が出てくる様子からその名が付けられました。泡菜専用の壺は泡菜壇子と言われ、蓋の周りに水を張って雑菌や外気を遮断できる特殊な形状をしています。
四川省の大きなレストランには泡菜師と呼ばれる専門家がいて、店内にずらりと並べた泡菜壇子でそれぞれの野菜を管理しています。泡菜が上手く作れない四川料理人は一流でない、とも言われるほど、泡菜作りは極めて重要です。飄香では、創業当初から大切に継ぎ足している漬け汁があり、旬の野菜の泡菜をランチで提供してきました。
豆板醤の産地として有名な郫県(ピーシェン)に『川菜(四川料理)博物館』があります。2007年の設立当初に訪れた私は、1枚の絵に目を留めました。それは、「世界で一番好きな食べ物は?」と聞かれ「泡菜汁」と答えた『蘇易簡』(高官で文人)が泡菜壇子から漬け汁を飲んでいる絵でした。泡菜の汁といえば旨味と乳酸菌のやさしい酸味が特徴、「いつかこの漬け汁が主役の料理を作りたい!」と決意したのでした。
中国文化史上最も輝かしい時代を作ったと言われる玄宗皇帝は、音楽を好み、弦楽器の琵琶は宮廷音楽にも使用されるほど珍重されました。唐代末の混乱期、楽人たちは地方へ逃れるとともに、優れた技芸を宮廷外に伝えたのでした。同じく宮廷を離れ四川の地にやってきた貴族や文化人たちは、宴会を開いては四川料理を楽しんだと言われています。琵琶の音色に耳を傾け優雅に食事を楽しむ様子が目に浮かぶようです。
『川菜博物館』を訪れて15年、遂に泡菜の汁が主役の料理〝琵琶″を完成させました。
こちらは泡菜汁に漬けた牡丹海老を弦楽器の琵琶に見立てた料理です。まず牡丹海老を泡菜汁で一日漬け込み、ねっとりした食感を生み出します。そして牡丹海老の頭を焼いて抽出した油をもち麦と和え、同じ大きさに切り揃えた泡菜と混ぜてお皿に敷きます。その上に牡丹海老をのせ、更に泡菜汁を乳化させて作ったシートを被せます。仕上げに弦に見立てたロックチャイブを飾ります。乳酸菌の酸味と旨味が染み込んだ牡丹海老に、焼いた海老の香ばしさをまとったもち麦がアクセントになり、食欲が掻き立てられる一品です。
飄香ディナーコースの前菜としてご提供している〝琵琶″
宴会料理を楽しむ貴族や文化人になった気分で、どうぞお楽しみください。
伝統四川料理を今に伝える成都・松雲門派の正統な継承者であるシェフ井桁良樹が日本人が知らない本当の四川料理を提供します。この記事を見て飄香に興味を持った方は、以下のコンテンツでより詳しく私たちについてご覧いただけます。